2016年1月12日火曜日

モラルハザードと早期是正措置

他方、預金保険制度等を通じて預金の安全性が完全に保証され、そのことを預金者の側も当然のこととみなすようになると、銀行の経営規律を弛緩させることになるという弊害が生じるおそれがある。セーフティネットは事後的に発動されるものであるけれども、それが存在しているということは、個別銀行の経営破綻が起こった後ではじめて意味をもつだけではなく、あらかじめ預金者に安心感を与え、取り付け等の発生を抑止することにつながるという事前的な効果ももっている。

預金者がセーフティネットの保護下にある場合とそうでない場合では、預金者の銀行に対する資金供給の姿勢は当然に異なることになる。完全なセーフティネットが提供されているならば、預金者は、預金の払い戻しが受けられないかもしれないというリスク(銀行の債務不履行リスク)から免疫化されることになり、銀行の経営状態に対して無関心になるという傾向が生まれる。

同じ事態を銀行の側からみると、セーフティネットのおかげで銀行は、本来は債務不履行リスクを伴う負債である預金に、安全利子率(債務不履行のリスクがないとしたときの利子率)さえ支払えばよくなるということである。セーフティネットが提供されていなければ、預金者は預け先の銀行の債務不履行リスクの程度に応じて上乗せの金利(リスタープレミアム)を要求するか、あまりに危険な先には預けようとしなくなるはずである。

要するに、セーフティネットが存在すると、銀行はそうした預金者による選別を受けなくても済むようになる。この意味で、セーフティネットはあくまでも直接には預金者の保護を意図したものであって、銀行の保護を意図していないものであるとしても、結果としては、その存在のゆえに上乗せ金利を支払わなくてもよくなるというかたちで、銀行に利益が帰着することになる(その代わり、銀行は保険料を払う必要がある)。

しかも、そうした利益は、本来支払わねばならない上乗せ金利幅が大きい状態、すなわち、債務不履行リスクの大きい状態にあるほど、大きいことになる。いわば、危険な銀行ほど得をするかたちになる。そのために、セーフティネットの存在は、銀行のリスク負担を促進し、過大なものとさせる偏り(負の誘因効果)をもつことになる。これが、いわゆるセーフティネットの提供に伴うモラルハザードの発生として知られている問題である。