2015年6月9日火曜日

あまりに理想に走りすぎた

「シャウプ勧告」は、富の集中を抑えるため、富裕税と並んで相続・贈与に関しまったく新しい税金の導入を勧告した。簡単に云うと、従来から別々に存在していた相続税と贈与税の二つを一本化し、取得税(accession tax)あるいは継承税(succession tax)に統合しようというものである。「シャウプ勧告」の中にはいくつも新税、あるいは珍税に類するものがあったが、この取得税もどちらかというとこの構想に近いものがあった。取得税は、特定の個人が受領する遺産と贈与の累積額に応じて課税される累進税である。

体的には、遺産または贈与を受けたとき、それ以前に受領した遺産、贈与の課税総額にそれを加え、現行税串を適用して税額を算出する。同時に、従前からの累積総額に対しても現行税率で税額を算出し、二つの税額の差額が今回納税すべき取得税となる。この新税創設の主たる狙いを、「シャウプ勧告」は「根本において不当な富の集中蓄積を阻止し、併せて国庫に寄与せしめることにある」と断じている。取得税はまた、相続税と贈与税とを組み合わせたものよりメリットが大きい点が強調された。税率を一本にすることにより課税がより簡素になるし、更に生前の贈与と死後の遺贈とを使いわけ租税回避を図ろうとする行為を阻止できる。

つまり取得税は、簡素で中立的な税金として登場したわけである。従来、相続税の最高税率は60%であったのに対し、所得税は85%とはるかに高かった。取得税の採用にあたり、「シャウプ勧告」では両者の関係はむしろ逆になるべきだと指摘している。その理由は簡単で、次の二点に要約しうる。一つは、特定の個人に富を集積させないようにするために、所得より重い負担が必要である。もう一つは、高い税率を課しても所得税のケースより生産あるいは労働意欲を阻害しない。以上のような考えにもとづき、取得税は15万円の特別控除をした後、総累積額の限界的な超過分に対し、25~90%の14段階に及ぶ累進税率が適用されることになった。同時に勧告された所得税の20~55%(8段階)の累進税率に比べると、はるかに厳しいものであった。

もちろんこの取得税には、特別控除のほか基礎控除、扶養控除、未成年者控除などのいくつもの控除が認められ、富の集中排除と主張しつつ税負担の適正化には配慮していた。1950年にこの勧告にほぼ忠実な相続税が、わが国税制に登場した。しかしこの一体化された新しいタイプの相続税つまり取得税の運命も、1953年までであった。施行して税務当局が突きあたった税務執行面の壁は予想外に大きかった。取得税は、いうなればある特定の個人に対し生涯課税を要求するものである。かくして何十年にもわたり、相続あるいは贈与に関するデータを個人ごとにすべて保存せねばならない。転勤などで所管の税務署が替わると、もはやお手上げという状況が続出した。かくして理論通りに累積課税は機能せず、実施後三年で幕を閉じることになった。あまりに理想に走りすぎたというべきであろう。