2015年4月9日木曜日

人権意識の欠如

これはホラー映画の一場面でもなければ、大昔の怖い話でもない。今からたった40年前の1968年、文化大革命と呼ばれた頃の中国、広西省(現・広西チワン族自治区)で、実際に起きた「食人リンチ」の一場面である。「拝金主義」「権力の腐敗」「貧富の格差」「人命の軽視」「人権意識の欠如」。日本のメディアや識者が、昨今中国で多発する「とんでもない事件」の背景を語る際に、決まって用いるこれらのキーワードも、よく見ると、表層的な現象を語っているに過ぎない。むしろ、こうした「食人リンチ」が象徴する、わずか40年前の地獄こそが、「拝金主義」や「人命の軽視」といったキーワードが示す現象の「根」であり、毒食を生み出す中国社会の病の「根」だといっても過言ではない。

アメリカへ亡命した中国人作家、鄭義による衝撃のルポルタージュである『食人宴席』には、全編にわたって、冒頭のように凄惨な「食人リンチ」の光景が生々しく綴られている。そして、人間の物心両面の貧しさの極致とでもいうべき世界が描かれている。加害者、被害者双方の体験告白があまりにもリアルなために、かえって、読んだ情景を頭の中で絵に描くことが難しいほどである。「想像を絶する」とは、こういうことをいうのだと初めて実感した。そして、読後しばらくは、ひとつの疑問が頭の中を支配した。人間はこれほど残虐になれるものなのだろうか? 筆者の鄭義も、繰り返し自らに問うている。「自分もその場にいたら、この人食いに加担しただろうか」と。実は、「食人」自体は、中国の歴史上、珍しいことではない。古来、「敵の肉を食らい、しやれこうべを杯にして酒盛りをした」との武勇伝や、人肉に興味を示す王に、料理人が自分の子を煮て献じた、などの「美談」は枚挙に暇がない。