2013年7月4日木曜日

二人でより多くの子供を育てる意欲

そんなの対処しようがないって?違います。証明はできなくとも、反証があるかどうかは簡単にチェックできる。反証のないことだけを暫定的に信じる、明確に反証のあることは口にしないようにすることが、現代人が本来身につけておくべき思考法です。実際には世の中の事象の多くは証明されていない(証明不可能な)ことなのですから、反証かおるかどうかを考えて、証明はできないまでも少なくとも反証の見当たらない命題だけに従うようにしていれば、大きな間違いは防げるのです。

ところがこと社会的に何か動きを起こそうとすると、反証の有無は無視されて、証明の有無だけが決定的に重要とされがちです。最悪の例が水俣病でしょう。水俣病の原因は、工場から垂れ流された廃液の中の有機水銀化合物だったという事実は、今では社会的に広く認知されています。ですが当時そのことは、学問的には証明できていませんでした。そこをタテに、つまり「水銀が奇病の原因とは論証できていない」という口実で、当時の通産省は廃液への規制をなかなか行わず、その間も被害が拡大したのです。ところが実際に廃液垂れ流しを止めてみると、水俣病の新規発生も止まりました。つまり、有機水銀化合物が水俣病を起こすということは「学問的には論証できなかった」のですけれども、「有機水銀化合物がなければ水俣病は起きない」という反証は成立したわけです。

このように実際の世の中には、論証を待たずとも反証を検証して実行に移すべき政策があります。そこを認めないでぐずぐず論証を待っていると、へ夕をすると人の命まで失われてしまう。女性就労と出生率の話もまったく同じような構造で、「若い女性が働いている県の方が出生率は高い」という事実を、理由はともかく事実として認めないと、日本経済が死んでしまいます。よく誤解されるのですが、「出生率を上げるために女性就労を促進しろ」と言っているのではないですよ。「内需を拡大するために女性就労を促進しましょう。少なくともその副作用で出生率が下がるということはないですよ」と言っているのです。

そうはいっても皆様に肺に落ちていただかないと仕方ないので、「なぜ若い女性の働く都道府県の方が合計特殊出生率が高い」という相関関係が観察できるのか、理由を推測してお話しします。あくまでも推測でして、証明はできませんが、どれかによって少しでも多くの人が「肺に落ちた」という思いになっていただければ幸いです。推測できる理由の第一は、いまどきダブルインカムでないと、子供を三人持つということはなかなか難しいからということです。普通の家庭の収支バランスを考えれば、皆さん簡単にご実感できることではないでしょうか。なぜ子供三人という話が出るのか。人目水準を維持するには二程度の出生率が必要ですが、三人以上産んでくださる人が相当数いない限りは当然出生率は二を超えません。

ということで、たまたま子供を産むのに特に向いた体質・性格を持った人がいた場合には、経済的な制約にからめとられることなく三人以上を産み育てていただける社会構造にしておく方が望ましく、そのためにはダブルインカムのご家庭を増やすことが近道なわけです。理由の第二は、共働きであることにより、会社に行くことやその間は保育所などを利用できることで、あるいは親の手助けをより受けやすくなることで、子育てのストレスが少しは緩和されるということです。さらには若い世代ではかなり当たり前になってきているものと願っていますが、父親も母親も働いていることで、逆に父親もなるべく対等に育児に参加するようになりますと、二人でより多くの子供を育てる意欲が湧いてきます。





若い女性の就労率が高い県ほど出生率も高い

 さらに先入観を取っ払って考えましょう。女の人を単純労働力として便利使いしているだけではいけません。日本企業は明らかに、企画に参画する女性、経営に参画する女性、そして女性経営者を増やすべきなのです。というのも‐本では、財布の紐を女性が梶っています。これは最近始まったことではなく、どうも家族制度が母系制だったに七目代に遡る伝統のようです。ですから、女性が企画した方が売れる商品が作れます。さらに女性が経営することで、長期的に女性の心を捉え続けることのできる企業が成立するはずなのです。ところがほとんどの企業は「女性を経営側に入れて女性」巾場を開拓する」という可能性をきちんと追求していない。ミクロ経済学が前提としているところの「市場経済の各プレーヤーが利潤最大化に向けて工夫の限りを尽くす」という行動をできていないわけです。生産年齢人口増加が続き市場が自動的に拡大していた半世紀、ひたすら生産能力さえ増やせば儲かったという体力勝負の時代に、男性中心の軍隊組織で一斉突撃をして成果を挙げてきたという成功体験の呪縛から脱け出ない限り、今世紀に生き残る展望は開けてきません。

ところが、どこでも同じなのですが、こういう話をしますと驚くほど多くの方が納得しない表情になります。「女が今以上に働くとさらに子供が減るのではないか」と心配されるのです。これは老若男女問わずに本当に根強い思い込みです。実はこの問題は、「身近に起きている個別の事実から帰納して、一般的なセオリーを導き出すことができるかどうか」という能力を試すのに、好適なテーマです。それではお聞きしますが、日本で一番出生率が低い都道府県はどこでしょう。東京都ですね。それでは東京都は、女性の就労率が高い都道府県だと思いますか。低いと思いますか。高いと思いがちですよね、でも事実は違います。東京は通勤距離が長い上に金持ちが多いので、全国の中でも特に専業主婦の率が高い都道府県なのです。逆に日本屈指に出生率の高い福井県や島根県、山形県などでは、女性就労率も全国屈指に高いのですよ。

同じくお聞きしますが、専業主婦の家庭と共働きの家庭と、平均すればどちらの家庭の方が子供が多いでしょう。これまた専業主婦で子沢山という、ドラマに出てくるような例を思い描いてそれが全体の代表であるように考えてしまう人がいるでしょうが、事実は違います。共働き家庭の方が子供の数の平均は多いのです。数字を見てみましょう。この図は、二〇代、三〇代の若い女性がフルタイムで働いている率と、合計特殊出生率との関係を、都道府県別にみたものです。この通り、強くはありませんがそれなりの正の相関が観察されますね。少なくとも若い女性が働く県ほど出生率が低いというようなことはまったくありません。これは多くの方の先入観に明確に反している事実ですが、先進国ではいずれも普遍的に観察される現象でもあります。

ここでご注意いただきたいのですが、相関関係というのは因果関係ではありません。若い女性が働く県ほど出生率が高いという現象(‐相関関係)が観察されるのは事実ですが、若い女性が働くことが原因で出生率が高くなるという原因結果の関係(=因果関係)があるとは限らないのです。アメリカでは「蚊の多い地域ほど結核患者が多い」という相関関係が見られるそうですが、これはもちろん蚊が結核の原因になっているからではなく、「暖かい地域ほど蚊が多いし、それとは別に結核患者の療養所も暖かい地域に多く設置されている」というのが理由です。同じように若い女性が働く県ほど出生率が高いという事実も、若い女性が働くというのと出生率が高いというのとに共通する第三の理由がある可能性は十分にあります。たとえば親との同居が多いとか、結婚すれば共働きは当たり前という気風がある、というのは有力な候補です。

ですが第三の理由があろうとなかろうと、「若い女性が働くと子供が減る」という命題は、疑う余地のない反証によって明確に否定されているわけです。考えてみれば、江戸時代から高度成長期までの農民はほぼ全員共働きでしたし、共働きですが日本史上で考えれば最も子沢山で出生率が高い人たちでしたね。そういう歴史的事実とも、この結果は符合します。日本のお受験エリートの思考様式の大きな欠陥がここです。彼らが得点競争に勝利してきた試験の世界では、「理由つきで証明されている」ことだけが出題されてきました。その結果として、証明つきでオーソライズされた命題はたくさん覚えているのですが、証明ができない命題にどう対処するかという訓練ができていないのです。