2015年12月9日水曜日

ムーディーズによる日本国債の格下げ

日本にも当時三つの格付け機関があったのに、なぜムーディーズの格下げが日本企業に致命的なダメージを与えたかということである。結論的にいえば、日本と米国の格付け機関の格付け結果に大きな差があるためである。米国の格付け機関の方が日本企業に対する格付けが厳しくなっているが、どちらの格付けが正しいのかについては、後で検討するようになかなか難しい問題である。しかし、建設業の談合がおよぼした企業経営への影響、日本の銀行が結局は多額の不良債権を抱えるようになったこと、山一証券には隠された「飛ばし」の債務がやはり存在していたことなど、結果的にはムーディーズの予測が日本の格付け機関よりも正しかったことが金融関係者の「ムーディーズ信奉」を高めることになった。

日本の国債は信用度の最も高いトリプルAであったが、九八年四月にムーディーズは日本国債をネガティプーリストにあげた。格付け機関は、格付けの変更が見込まれる場合に格下げの方向で検討するか、格上げの方向で検討するかをウォツチーリストに載せる。格下げの方向で検討する場合には「弱含み(ネガティブ)」と発表し、格上げの方向の場合は「前向き(ポジティブ)」とする。変更の見通しが発表されると約三ヵ月後に、格の変更をするかあるいは変更しないかを確定する。ムーディーズは九八年七月に再度「Aaaから引き下げの方向で見直す」ことを発表し、四ヵ月後の十一月十七日にAalに格下げした。

このようなムーディーズの日本国債格下げに対して、日本の各方面から反論が出されている。反論は、「日本は一二〇兆円もの対外純資産があるのに格下げはおかしい」という経済力の内容に関するものから、「ムーディーズの分析手法に問題はないのか」という疑問を投げかけるもの、「よその国の信用状態を外国の一民間機関が批評するのはけしからん」というナショナリスト的なものまでさまざまである。ムーディーズによる外国政府債に対する格付けは一九二〇年代から行われているが、民間企業の格付けと異なって外国政府の評価はなかなか微妙な問題が含まれている。政府が発行する自国通貨建ておよび外国通貨建ての格付け分析手法については後で、日本国債の格下げ問題についてはエピローグで検討した。

タイや韓国のように格下げと為替レートの下落、それに続く経済混乱が循環的に続いていったり、拓銀、山一が格下げによって破綻・廃業にまで追いつめられるようになった背景は何であろうか。ヤオハンの社債が九七年九月に日本の格付け機関JBRIによってシングルBに格下げされてデフォルトになったが、このような公募債が償還不能になったのは昭和初期以来初めてのことである。

このような「負の循環」が発生する原因の第一は、マクロ的な国際経済環境の変化である。一九八〇年代の中頃から各国の規制緩和により次第に国際資本移動が活発になり、国内の金融市場と為替市場が連動的に動くようになった。特に、投機的な短期資本の国際移動は固定相場制(ERM)をとっているヨーロッパ諸国の通貨や、事実上アメリガードルとの固定相場であるペッグ制をとっている国の通貨を狙い撃ちして世界を駆け巡るようになった。

投機資本は実体経済が弱くなってきた国の固定レート通貨を大量に売り浴びせて、その国が固定レートを断念し、為替レートが下落したときにそれを買い戻して利益をあげる(高く売って安く買い戻す)という行動をとっている。格付け機関が行うソブリン(政府)格付けはその国の経済のファンダメンタルズを評価するので、格付けが下がると為替レートの切り下げ調整が行われる可能性を表す指標としても受け取られている。そのために為替取引の規模がそれほど大きくなく、投機資本の影響を受けやすい中規模国がターゲットになりやすい。