東アジアは、伸びゆく経済力を伸びゆくままに伸ばし、これを交渉力の源泉として、アメリカの安全保障上のコミットメントをいかに東アジアに引きとどめるか、議論すべきアルファであり、オメガがこれである。東アジアの未来のフロンティアが中国である、という洞察において大方の異論はあるまい。それにもかかわらず、東アジア経済論を主題としてきたために、中国それ自体を大きく取り上げることができなかったのは、いささか残念である。
「冒進」と「反転」の大きなサイクルをくりかえしてきたのが、毛沢東時代の中国であった。鄙小平の時代になって、そのサイクルの落差は縮まったとはいえ、サイクル自体はなおなくなっていない。しかし中国が、市場経済化と対外開放という、毛時代からすれば信じ難いほどに大胆で柔軟な挙にでて、東アジアにおける活性の貿易・投資ネットワークのなかに「ビルトイン」されつつあることはまぎれもない。
国際的封鎖体系のもとで、「冒進」と「反転」を、それが対外関係におよぼす影響など顧慮することなく、独善的にくりかえしえたような状況は、現在の中国にはもはやない。「冒進」と「反転」を引きおこせば、容易に癒すことのできない手ひどい傷を、中国経済が負わねばならないからである。中国の国際経済への積極的参入は、中国の経済政策それ自体を国際的に調和のとれたものに変質させていくのに寄与するであろう。GATT加盟にせよオリンピック開催にせよ、国際社会は中国にもう少し寛容であってしかるべきだと思う。
郵小平の時代におけるこの国の高成長は、なんらかの固有の改革デザインがあって、これにもとづいて実現されたものではない。毛時代の厳格な集権的統制の「紐」を解き、ある種の経済的「アナーキー」(無政府状態)をつくりだしたことによって、集権的統制の時代に誉屈していた農民、企業、地方のエネルギーを噴出させたことの帰結である。郵小平時代の指導部がなしたのは、この農民、企業、地方の自由な行動の軌跡を追認し、その向かうべき方途に「物質的刺激策」をもって対処したというにとどまる。しかし、この方式に国民はまことに適合的に行動したのであり、これが現在の中国の高成長の内実にほかならない。